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臨床哲学講義 最終回 [学問・研究]

 姫路での「臨床哲学」講義、半セメスターの授業なので、本日、終幕となった。
 今年初めて持つ授業なので各回の準備も大変であり(実際、毎週のように、次回の内容はちゃんと出来るか…と懸念していた)、あくまで「手作り」の内容で臨みたいという方針もあるので、なおさらだった。
 将来医療職に就くために学んでいる学生を対象に、「生と死」の問題を哲学的に考えていくための授業。それが臨床哲学というわけで、講述にはとどまらず、学生一人ひとりが自ら考えていく機会は毎回提供するようにした。
 背景には専門的な見地はもちろん踏まえつつも、「人生を…にたとえる」「ある死生観を生きる人の立場で考える」「スピリチュアル・ペインに直面したら」「一人称の死のワーク」など、さまざまなワークショップ,参加型課題を導入してきたのもそのためだ。
 私自身は、そうした臨床哲学こそ、本来の哲学の志向を本質的に継承、再現している面があると考えてもいる。
 だが、終わってみればあっという間だった。
 今日、「別れは小さな死」というフランスのことわざを授業中で紹介もしたが、何となく、それが一面ではあてはまるような気もする。

 前週に、「一人称の死のワーク」で出した課題の一つが、「自分がこの地球上に誕生し、生き、去ってゆくことで、何が変わったか」ということを考えてみてほしい、とも。
さすがにこれだけではわかりにくかったか。歴史を動かす偉人でもないのに、何も変わらない…というコメントも多かったが、規模は問題ではない。この地球環境問題の時代であればなおさら、一人のにんげんが生きることで確実に多少なりとも何かが変わり、それが次の世代に影響を残していく。
そもそも、一人の人間が存在する上で、誰でも、多くの人びとから、そして自然から、気がつこうがつくまいが多くのものを「受け取って」いることは事実。それに対してどこまでのものを「返して」いるかの問題。それを象徴的に「地球上で」と表現してみた、ということだ。
こういう視座からも、人生を眺めてみる姿勢も持ってみると、何かが変わると思う。
そんな話もした。

 こんな見方も紹介した。人はその瞬間ごとに、無数の「影響力」となって飛散する。その「影響力」の一つひとつは、他の人や物のなかにとりこまれ、時とともに薄れるにしても、あくまで永続的に刻印されていく。そんな瞬間の繰り返し、連なりとして、人生がある。一人ひとりの人生も、そうした無数の他者からの「影響力」を受け取って、自分の中に集め、取りまとめてつむぎあげられたもの。そういう見地で人生を眺めてみたらどうか、ということだ。
 このアイディアのソースはA. N. ホワイトヘッドの哲学なのだが、ここはあくまで隠し味にしておいた。
 私自身の「影響力」がどこまで、受講者のみなさんのなかに取り込まれ、残る力を示していくのか、そんなことに思いをはせたくもなる。これまでの講義で扱ってきたような(臨床)哲学的に考える視点、何らかのかたちで生かしてくれたらいい。そんな思いだ。

 かくして今日をもって今年度の「臨床哲学」は終幕となったが、期末レポートで「会う」機会も、まだある。
 それを介してのコミュニケーションも、今後の「臨床哲学」「死生学」に改めて関心をもった折は質問に対応するというのでも、また何かの形でもつながりは続けられたら、とも思う。
 今日テーマとした「二人称の死」のような重大なケースとは違うとはいえ、「つながりは続く」可能性も残したいというところだ。

 今日は最初の梅雨の晴れ間で、帰途では快晴といっていいほど晴れたから、朝霧で途中下車し、瀬戸内海と淡路島、明石海峡大橋をまた撮ってみる。

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ReeeeYna

こんにちは、はじめましてReeeeYnaと申します。
私は8月に高校3年生になるアメリカに住んでいる高校生です。
ひそかに毎回ブログを愛読させていただいています。
私は哲学が大好きで、学校には哲学の授業がないので、独学したり、ayashiさんのような哲学者や大学の教授に自らメールでお話を伺ったりしています。
なんといっても、自分の人生を深く考えることはすごく楽しいです!!
最近は、哲学の基礎といっても過言でない「Cogito ergo sum」について何度も考えさせられています。考えれば考えるほど別の答えが生み出され、考えれば考えるほど道は深くなっていきます。大変おもしろいです。

これからも愛読させていただきます!!
by ReeeeYna (2010-06-25 13:25) 

ayashi

ReeeeYnaさん、私のブログをお読みいただき、ありがとうございます。
しばらくブログを放置してしまっておりまして、私からのコメントが遅れましたことをお詫びします。
哲学的に考えること、それは本当は人間誰にとっても大切なことです。
何かお話したいことがありましたら、またいつでもコメントくださいね。
それでは。
by ayashi (2010-07-17 22:00) 

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